◆シンガポールとの関わりはどのようなことでしたか?
1970年に神戸新聞社に入社し、85年から87年まで特派員としてシンガポールに駐在しました。89年に神戸新聞社を退社し、その年に英会話スクールとしてテマセック外語学院を神戸で開校しました。シンガポールに勤務したことで、取材を通してシンガポール国立大学やシンガポール日本文化協会とご縁ができ、当学院の講師はシンガポールから来てもらっているだけでなく、研修旅行等もシンガポールへ行かせてもらうなど、学院の名前にふさわしい交流を続けさせてもらっています。また、昨年は開校20周年を迎えましたが、シンガポール大学内のケントリッジ・ギルドハウスにテマセックの生徒や講師陣、大学や文化協会の関係者ら50人が集まり、記念のパーティーを開きました。
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テマセックのシンガポール研修旅行。
2年に1度のペースで実施されている
=マーライオン公園で |
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テマセック開校20周年の記念パーティー
=シンガポール大学ケントリッジ・ギルドハウスで |
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| シンガポールからのテレビ取材を報じる神戸新聞記事 |
◆シンガポール人の英語講師がテマセック外語学院にいらっしゃるそうですが、何かエピソードがありますか?
開校時、シンガポール大学日本研究学科を卒業したばかりの3人の若いシンガポーリアンに先生として来てもらいました。彼女たちの昼夜を分かたぬ努力でテキストの選定、カリキュラムの作成など、現在に至るまでのテマセックの基礎が築かれました。
その後、急な講師の不足等で米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの先生にも働いてもらいましたが、基軸はシンガポールの講師であり、ここ7,8年はシンガポールの先生だけです。生徒の中には欧米の人がいいという声がありましたが、最後は先生としての自覚、資質、やる気、真剣さです。いくら見た目が良くてもやる気のない人、教える能力のない人、こういう人は早晩、生徒に見抜かれてしまいます。
シンガポールの先生は1,2年に1度、現地で面接をして採用しています。毎回、大学を出た優秀な人が50人前後応募してきます。ですから本当に先生としてふさわしい人を選ぶことができています。シンガポールの先生の活躍ぶりに「ストレーツ・タイムズ」や「聯合早報」、シンガポール国営放送(現メディア・コープ)などが「シンガポーリアンの語学能力の高さが日本で認められた」と大きく報じました。テマセックが20年もやってこれたのはシンガポールの先生の奮闘のお陰だと感謝の気持ちでいっぱいです。また、彼女たちの語学能力を生かして、最近中国語のクラスを始めましたが、生徒たちに大変好評です。
◆シンガポールで一番おすすめのものはなんですか?
シンガポールは常夏の国ですから、日本と違って年中マリン・スポーツが楽しめます。ですから週末にはよくイーストコーストでウインドサーフィンをしました。イーストコースト・セーリングセンターのメンバーになったのですが、セーリングセンターは海に面した広い敷地にボードの保管からメンテナンス、万が一の救護態勢も整っており、安心してサーフィンを楽しめました。それにしゃれたバーまであり、小麦色のサーファー・ガールがヤシの木陰でシンガポールスリングなんて、映画の一場面を見ているようでした。
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ウインドサーフィンを楽しむ藤岡さん。
常夏のシンガポールではマリンスポールが年中楽しめる
=イーストコースト・セーリングセンターで |
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| チリクラブに舌鼓を打つテマセックの生徒=イーストコースト・シーフードセンターで |
◆シンガポールの食事で一番好きなものはなんですか?
多民族国家であるシンガポールは正に食の天国、色々な国の料理が本場の味で、しかもリーズナブルな料金で食べられます。コックさんは日本と違ってインド料理はインドの人、イタリア料理はイタリア人、ベトナム料理はベトナム人といった具合ですから、本場の料理が食べられるのは当たり前。しかも交易の要所にあったシンガポールではマレー料理と中国料理が合わさったニョニャ料理など、珍しい料理も楽しめます。個人的には日本人の口に合うハイナンチキンライス、チリクラブ、スチームボートなどが好きです。日本の友人などと行くときはこれらの料理に案内すると口をそろえておいしいと言ってくれます。チキンライスはラッフルズホテル近くの「スン・スゥイ・キー」、チリクラブはイーストコースト・シーフードセンターの「ジャンボ・シーフード」や「ロングビーチUDMCシーフード」、スチームボートはオーチャードロード沿いにある「コカ・スチームボート」などに行きます。
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| 講師の面接をする藤岡さん=シンガポール日本文化協会で |
◆長年シンガポールとかかわって、変わったと思われることはありますか?
そうですね、先生の面接を通して感じたことは20年近く前はほとんどの応募者が日本に来たことがなく、生魚なども苦手のようでした。ところが最近の応募者はその大半が日本に来たことがあり、しかもリピーターが多く、冬の北海道などにも足を運んでいます。もちろん今や寿司や刺身などはローカルフード並みに普及しており、「生魚は大丈夫ですか」という質問も、滑稽にさえ思えるようになりました。若い人の日本の知識も並大抵ではなく、こちらが知らない日本の歌手や流行のファッションなどもよく知っています。日本の生活に適応する自信がありますか、といった質問より、先生としての資質を見ることに集中できるようになりました。わずか20年でシンガポールと日本の距離が若者の間でぐっと縮まった訳で、20年の年月の重みを肌で感じるとともに、嬉しく思っています。
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| 特派員時代、リー・クアン・ユー元首相夫妻と=シティーホールで |
◆シンガポール駐在時代にはリー・クアン・ユー初代首相にもお会いになったそうですね。
特派員としての仕事柄、赴任中はシンガポールの動静だけでなく東南アジア全体をウオッチしておりました。その中で思いを強くしたのが、国を治めるリーダーの重要さです。シンガポールは資源のない、マンパワーがすべてと言っても過言ではない小国です。それがアジアで石油で潤う一部の国を除き、一人あたりの収入は韓国よりも多く、日本に次いで2番目です。これは独立以来、リー・クアン・ユー元首相の卓越した手腕があったからに他ありません。いままで接してきた多くのシンガポーリアンがリー・クアン・ユー元首相を心から尊敬し、敬愛しています。それは、他のアジアの国々を見たときに、シンガポールの発展ぶりにおのずと気づかされるからでしょう。
仕事を通してですが、偉大なリーダーに身近に接する機会を得たことは貴重な体験であり、このうえない幸せと思っております。
◆テマセック外語学院の新しい展開があるようですね。
テマセックで教えていたテイ・リーリンさんが帰国後、シンガポールでチューション・センターを開校し、現在ハウガン、チョアチューカン、ユーティーで約2000人の生徒に教えています。それで、これまでテマセックの生徒が海外で英語を学ぶ時はオーストラリアやイギリスの提携校に行ってもらっていましたが、これからはリーリンさんのお世話でシンガポールへも行ってもらえることになりました。テマセックで教えていた多くの先生がシンガポールに帰っているので、テマセックの生徒も以前教えてもらっていた先生にも会うことができ、大変楽しい留学になると思います。また、テマセックもホームステイ・ファミリーを募り、シンガポールから日本語を学ぶ人たちのための受け入れ態勢を整えています。今年中にシンガポールからの生徒を迎える予定で、これからますますシンガポールとの交流が深まるものと期待しているところです。
テマセック外語学院 ホームページ http://www.temasek-kobe.com/
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